greenz.jpでの連載「あしたの郊外」では、アーティストによる自由な「暮らし方の提案」を元に、郊外の可能性を探っていきます。
この記事はgreenz.jpより転載しています。
みなさんは住んでいる場所に、お気に入りの景色や時間はありますか? 近所の公園、夕暮れ時に川から見る景色、桜の咲く並木道、隣の家の人と何気ないおしゃべりをする時間。きっといつもの暮らしの中で、自然に大切にしている風景があるかもしれませんね。
そんな住む人の場所への記憶を壁画にした作品がある、と聞いて今回訪ねたのは、茨城県取手市の関東鉄道常総線戸頭駅。都心からつくばエクスプレスを使うと、1時間ほどでたどり着くことができます。駅に降り立つと、ホームの目の前に堂々と現れる真っ白な建物。それが戸頭団地の一棟です。
少し近づいて、向かって左側から建物を見てみると、そこにはたくさんのカラフルな扉や梯子が!
さらに団地の中へと歩を進めてみると、赤と黄色の箱を積み上げて壁をよじ昇る、サラリーマン風の2人組も。暖簾があるのは飲み屋さんでしょうか。
これらが、「取手アートプロジェクト(以下、TAP)」が取り組む「アートのある団地」の一環として始まったプロジェクト、「IN MY GARDEN」の作品たち。このように、8棟の建物の壁をまるごとアート作品として生まれ変わらせたのです。
アートで団地の再生を目指す
戸頭団地が建設されたのは1975年。団地に住むことがトレンドだったこの時代、都市で出逢った多くの若い夫婦が郊外へと移り住んできました。
駅に隣接する戸頭団地は道が広くて緑も多く、スーパーや銀行など生活に必要な買い物や用事は団地の近辺で済ませることができるなど、今でもとても暮らしやすい場所です。
一方で、この時期に建設された多くの団地と同じく、エレベーターの設置が義務づけられない5階建てとなっているため、高齢となった住民が住みづらくなって出ていってしまうなど、過疎化も進んでいました。
そうした背景もあり、団地を管理するUR都市機構が、TAPに戸頭団地の外壁修繕に合わせて、より魅力的な団地にするべくアートで何かできないかと依頼して始まったのがこのプロジェクトです。
公募で選ばれた美術家・上原耕生さんを迎えて、UR都市機構、TAPとの三者によって2013年に始動した「IN MY GARDEN」プロジェクト。団地で暮らす人の思いや記憶を取り入れた作品にしようと、まずは住人から「団地にまつわる思い出」を集めるところから始まりました。
「誰と、どこで、どんな風に過ごしたか」そういった記憶のかけらを、団地内に設置されたユニークな扉型のポストに投函してもらうように呼びかけたのです。
2ヶ月弱の募集期間を経て、団地の人々から集まったメッセージはなんと約90通! たくさんのエピソードの中から、どうやって作品プランを考えたのでしょう。上原さんは、こう話します。
集まったメッセージをそのまま作品にするのではなく、そこから発想したり、時には複数のエピソードを掛け合わせたりしました。現実と想像が混ざり合ったファンタジーのようにして、見た人の想像が膨らんだらいいなと思ってプランを練りましたね。
1年ほどのプランニング期間を経て、2014年の春から一気に描かれた8棟12作品は夏に完成。
完成した作品たちは、これまで団地の壁画として一般的だった、動物や植物の絵といったものとは大きく異なり、一つ一つ、物語のような世界がポップな色使いで展開されています。
また、よく見てみると、壁面に直接描くほかに、一部立体で構成されているところもあり、排水管や洗濯物のモチーフなどが日常の風景に溶け込んでいるのです。
こちらの作品”Cafe terrace”は、もとになっている散歩の途中にひと休みするエピソードから発想を得て、カフェの様子が描かれています。
腕時計を見て待ちくたびれた様子の人、タバコを吹かす人のほかに、長い長い梯子を昇ってコーヒーを運ぶ店員さんや、天井から垂らした紐を伝って花束を届けにくる人の姿も。ありそうでありえない、現実と想像が入り混じったまるで誰かの夢の中のような世界です。
震災後に福島から移住して来た方の投稿をもとにつくられた”非日常口”では、震災や原発により避難を余儀なくされた「非日常」の体験と、アートは非日常なものである、ということが掛け合わせられているそう。
カバンを抱えた家族がこの梯子を昇ってどこへ向かうのか、じっと立ち止まって考えずにはいられない作品です。
このように、作品は大きな面だけではなく、建物側面の狭いスペースも活用して描かれているので、様々な角度から見ることができます。
実際に広い団地の敷地内を迷路のように歩いていると、「あれ、こんなところにも」と絵を発見する楽しみが。これも実は上原さんの狙いの一つで、普段は人通りがあまりない場所にもあえて描いて、いつもと違う道に寄り道してもらえるようにしているのだとか。
ちなみに自身も取手市在住だという、上原さん。これまで参加してきたアートプロジェクトと自分の住む場所でのアートプロジェクトの違いを訪ねると、「作品と向き合い続けなければならないところかな」と笑います。
公の場所にある作品の宿命で、慣れと飽きは絶対にあると思うんです。今はまだ目新しいけど、次回改修工事までの20年という歳月の間に印象は薄れてしまうと思う。
でもそのときに、自然の花とか木とか、季節によって変化するのがいいなと思っていて。100パーセント冷凍保存の作品、というのではなくて、季節や時間のゆらぎによって見え方の変化を楽しめたらいいなと思っていますね。
パブリックアートの可能性
今では「図書館があるのが私の家」と言う人がいたり、「バス停の絵の前で待ち合わせ」と目印になったりと、団地で暮らす人々の間でもすっかり壁画が生活空間に馴染んでいるようです。
ところで気になるのは、「IN MY GARDEN」というプロジェクトのタイトル。上原さんが書いた作品を説明するキャプションにはこうあります。
例えば、キャンパスに描かれたお気に入りの絵をリビングに飾るように、窓枠の向こう側の景色や団地の壁画を、”空間のキャンバス”として見立ててみる。
あるいは、壁の中の住人の気持ちになって、壁の内側から想像の扉を開けてみる。扉の先には見渡す限りの空や緑、町並みが広がっている。この壁を通して自由に想像をすることで、観る人それぞれの「私の庭」が創られていく。
ここでいう「私の庭」という感覚の根底には、上原さんのパブリックアートに対する認識を大きく変えたこんな体験があるそうです。
ニューヨークの郊外へ行ったときに、いわゆる団地のような集合住宅があったんですよ。中庭があって、そこにピカソの彫刻があったんですね。5〜6mはあったかな。かなり大きいもので。
そのとき美術館でもないのにこんなに大きい作品を民間で管理しているということに衝撃を受けました。同時に、アートをみんなでシェアするというあり方の可能性に気づいたんです。
日本の家は部屋のつくりも海外と比べて小さいから、家の中で大きなアート作品を所有することは難しいけれど、みんなでシェアするということはできるかもしれないと思ったと話す上原さん。
日本には借景という文化があるじゃないですか。だからたとえばベランダや窓から見える外壁に作品があって、これをそれぞれの家のアートとして所有するという考え方ができるんじゃないかと思ったんです。
空間が狭いから、と小さな作品ばかりつくりがちな日本のアートマーケットにおいて、そういう所有の仕方が提案できると、日本のアート作品の可能性も広がるんじゃないかなって。
アートを社会に開いていくこと
各地でアートプロジェクトに参加してきた上原さんですが、UR都市機構、TAP、そして団地の自治会、とこれほどまでに多様な立場の人が関わるプロジェクトは初めてだったそう。様々な要望や意見を聞いて、自分自身が形にしたいものとバランスを取りながらつくるのは、新しい挑戦だったと話します。
大変さもありましたが、TAPがこれまで10年以上取手市で活動を続けてきたことから住民の方に受け入れてもらいやすいところはありましたね。そしてUR都市機構さんという企業も含むいろいろな方と協働することで、それぞれが得意なことを持ち寄って、ひとりの力ではできないことを実現できるということも感じました。
アートって何か物をつくるというだけじゃなくて、社会に対して、新しいあり方を提案することができると思うんですよ。そうやってアートの定義を更新していけたら、アーティストの活躍できる場所も広がるし、社会の中でアートのポジションをもっと拡張させることもできるんじゃないかと、そんな風に考えています。
団地で暮らす人々からの要望もあり、新たに3面の壁画が、2016年5月頃から追加で描かれることが決まった「IN MY GARDEN」。団地の人々の記憶から生まれたアートが、また新しい思い出や物語をこの場所にもたらして循環していく、そんなこの先のコミュニティの様子を見るのが楽しみですね。
みなさんも公共空間でシェアされるアートを発見しに、取手に出かけてみませんか。そこにはアートのある暮らしが私たちの日常に何をもたらすのか、考えるヒントがあるかもしれません。
writer:Naoko Takahashi
※この記事はgreenz.jpに2016年05月02日に掲載されたものを転載しています。