greenz.jpでの連載「あしたの郊外」では、アーティストによる自由な「暮らし方の提案」を元に、郊外の可能性を探っていきます。
この記事はgreenz.jpより転載しています。
現代の日本、とりわけ郊外都市を取り巻く課題のひとつと言われているのが“空き家問題”。
このままだと人口は減り続け、空き家はますます増えていくと言われています。そして空き家が増えることで、倒壊や火事の危険性が高まり、治安の悪化も懸念されます。でも、いったいどうしたら空き家問題は解決するのでしょうか?
壊すしかないでしょ。
そんなストレートかつシンプルな結論に達したのが、建築家の飯名悠生さん。でも、壊すしかないのに壊せないから空き家が増えていることも、飯名さんはわかっていました。そこで解体の新たな形を再編するべく、茨城県取手市でスタートさせたのが「減量住宅」です。
DIYやリノベーションがムーブメントとなり、社会全体が空き家の再生へと向かう中、あえて壊すことを提案する「減量住宅」。ネガティブなようでポジティブな空き家問題解決の実験プロジェクトについて、飯名さんに伺いました。
減量とは“家の最後を看取る”ように解体すること
「減量住宅」とは、その名のとおり、住宅を減量していくプロジェクトです。建築家やアーティストなどが一定期間空き家の住人となり、少しずつ家を減量していきます。
まずは住人にとって理想的な家の体型を決め、使わない部屋をはじめ、不必要な壁や床、設備などを減量していきます。こうして徐々に減量していくと、ひとまわりもふたまわりも小さい家ができあがります。その後も減量を進めれば究極的にはすべて解体される、ということになります。
景観を考えたら急になくなるっていうのは良くないし、ゆっくり壊していけば地域の人の目にも触れる。そうしたら地域の思いも何か残るかもしれない。
急に壊すんじゃなくて、大家も関わりつつ“家の最後を看取る”みたいな方法がとれないかと考えました。それで“時間を含んだ解体”という意味で “減量”という言葉を使っています。
大家と住まい手の関係を良好にするため、条件は相談して決めました。今回の場合、基本的に賃料はなく、解体費用や設計費用などと相殺しています。解体費用は住人負担ですが、一部、廃材の処理費用に関しては大家さんに負担してもらうことになっているそうです。
実際に「減量住宅」に行ってきました!
実際に飯名さんが2015年6月から暮らしている「減量住宅」にお邪魔してきました。関東鉄道常総線稲戸井駅から徒歩約10分。比較的新しい住宅が並ぶ閑静な住宅街に、そのお家はありました。築40年ほどの2階建て木造住宅です。
玄関を開けると、まず現れるのは広い土間。じつはここ、もとは客間だった部屋の床を取り払ってできたスペースです。いつも通過するだけでまったく使っていなかったため、床を壊して土間にしたのだそう。自転車や道具類が置けるようになるなど、以前より使いやすくなりました。
修理不可能だったお風呂だけはしばらく暮らす上で必要だったので新設しましたが、キッチンやトイレは何も手を加えずそのまま利用しています。
2階に上がったところにあるのはリビングルーム。部屋と廊下の壁は取り払い、広いワンルームとしました。その奥が寝室兼仕事部屋。こちらはもともとの部屋をそのまま活かしています。
現時点でまったく使っていない、階段を上がってすぐの部屋、もしくは1階の約15畳の和室のどちらかを、今後、大減量する予定だそうです。
使えるものは使い、労力は極力使わず、何も足さない
減量住宅にはいくつかルールがありました。ひとつは、減量住宅の最終目標は解体なので、“なくなる”こと前提でプロジェクトを進めること。
使えるものは使い、労力は極力使わず、基本的に何も足しません。たとえば床を抜いて土間になったスペースは、床と土間との高さがかなりあり、出入りしづらい感は否めません。しかし、階段を設置したり、コンクリートや砕石を入れて高さを上げることはしないのだそうです。
設計をしている者としては、正直きれいにしたいっていう思いはあります。でも更地に戻そうとしたときに、たとえばコンクリートを流したらそれだけで解体費用が上がってしまう。
そこまでしてゴミを増やすのかって思うと、それはちょっとおかしいんじゃないかっていうのは考えた末に行き着いた結論で。生活の上で不要だった部屋が減量され、土足で行けるエリアが広がったことで、いい体型になりました。
もうひとつのルールは “いちばん奥の部屋を使う”ということ。いちばん奥の部屋を使うと、家全体の動線を使うことになります。もともとの建物をフルに使いつつ、そのうえで使わない部屋というのは本当に不要なスペースだと考えました。
こうして実際に暮らしながら減量していくことで、ひとり暮らしには贅沢な広さだけれども、けっして広すぎず、ゆったりと生活できるほどよいサイズに生まれ変わります。とてもこれまで借り手がつかなかったとは思えないほど、居心地のいい空間でした。
なぜリノベーションではなく解体なのか
ところで飯名さんはなぜ“壊すしかない”と思うようになったのでしょうか。
じつは飯名さんは以前、千葉県松戸市で改装自由な物件を借り、リノベーションを実践していたことがありました。しかし、調査していく中で、リノベーションが当たり前となりつつある今でも、借用や活用されているのは、空き家全体の1%未満しかないということがわかってきます。
リノベーションやDIYっていうのは、もちろんいいことですが、空き家問題を解決する手法としては弱いのではないかと考えるようになりました。また、大家さんからしてもリフォームして貸すって、コストが見合わない場合が多いんです。
何百万円もかけてリフォームしても、郊外だとすごく低い家賃の設定しかできません。そもそも借り手が現れるかどうかもわからない。そういうものに対して何百万円も出すかって考えると経済的に難しい大家がほとんどです。
飯名さんは、リノベーションとは違った視点からも、空き家問題を考えるようになっていました。
「あしたの郊外」のコンペに応募
そんなことを考えていたときに、「取手アートプロジェクト(以下、TAP)」が「あしたの郊外」をスタートさせました。飯名さんは取手市のお隣、千葉県我孫子市の出身です。取手市も我孫子市も松戸市も、いわゆる“郊外”と呼ばれるエリアでした。
取手は地元からも近かったし、郊外っていうのが、僕の中での今日的なテーマだったので、「あしたの郊外」のコンペに出すことで、自分の考えを整理できればと思い、応募しました。
はじめに提案したのは、現在の「減量住宅」よりさらに強烈な内容でした。まちにある、さまざまな不要なものを壊し、その破壊写真を「#壊してみた」というハッシュタグをつけてどんどんアップしていこうというのです。
多方面から「ちょっとそれはないんじゃない?」って言われました(笑) それで「減量住宅」という提案をまとめて提出したのですが、僕も現実味がないことを書いたつもりでいたのでダメだろうと思っていたんです。
なのにTAPから「プレゼンしてくれ」って連絡がきて、この人たちは何を考えているんだって思いました(笑)
応募総数94件の中から、TAP事務局が面白そうだと思ったプロジェクトについて、大学教授やアーティスト、地主さんなどの前でプレゼンする機会をつくったのが2015年3月。しかしその場では、何の反応もありませんでした。
現在の家の大家さんにお会いしたのは、そのあとのことです。家を活用してほしいという相談を受け、TAP事務局が間に入って、改めてプレゼンを行いました。
大家さんはそこで初めてプランを見ました。さすがに直接的には言いませんでしたが、いきなり「家を壊すよ」っていうのは、正直ヒヤヒヤものでした。でも、びっくりするぐらいすんなり通りました。
確かに、普通だったら了承なんて取れそうにありません。大家さんは「減量住宅」の何が気に入ったのでしょうか。
うーん、ここの大家さんは「とにかく使ってくれるならなんでもいい」と言ってました。あと、はっきりとは言わないけど「結局、最後は解体するから」っていうのが念頭にあるんだと思います。だから「あんまりお金をかけるな」とか「ちゃんと生きろ」とか言われますね(笑)
大家さんとの出会いによって、飯名さん本人ですら「理論的には間違っていないけれど、現実問題、やれないだろう」と思っていたプロジェクトが、動き始めたのです。
その甲斐あって、少しずつですが“空き家を壊す”ことの必要性やポジティブさが伝わり始めています。最近、以前TAP企画のツアーで減量住宅を見にきた方の中から「僕も減量したいです」という相談が、事務局に届いたのだそうです。
“1回不動産に戻す”というプロセスを挟むのも、減量住宅
じつは飯名さんがこの家で暮らすのは2016年夏までと決まっています。減量住宅の最終形は完全に壊してしまうことです。しかし、期間的にも労力的にも、すべてを壊すのは少々ハードルが高いと感じているそうです。
価値が新しくなったことを踏まえて、もう1回不動産に戻せないかということを、今、TAPと話しています。
空き家の増加は、建物の老朽化や人口減少が主な要因ですが、大家さんの経済的負担の大きさから増えているという側面もあります。借り手も買い手もなく、維持費はかかり、解体したくても、解体費用が捻出できない。そこで仕方なくそのまま放置され、ついには手の付けようがないほど荒廃してしまうのです。
しかし、ある程度減量が進んだ状態で不動産に戻すことができれば、解体における経済的負担の軽減を図ることができます。
減量住宅っていうプロセスによって家がきれいになる。解体しやすいボリュームになるから解体費用も安く済む。なおかつ、それを不動産に戻すことである程度、解体費用などの貯蓄ができて、最後はその費用を使って解体できる。
そんなふうに1回不動産に戻すっていうプロセスを挟むのも、減量住宅なのかなっていうことを感じています。
最初は更地にすることを目指していました。その最終段階では軸組だけ残してテント生活をすることも考えていたそうですが、大家さんや家との関係を築き、自分が無理なくできることを模索していく中で、プロセスをつくりだす解体へと、新たな価値を見出しました。
ちょっと前までは、改修や現状打破の手法を研究したり、調査をしたりしていました。でもこれからは、余っているものを本当にどうにかしていかなきゃいけない時代がきます。どう処理していくのか、どうやってその風景や社会を変えていけるかを考えていきたいです。
建築の人はみんな考えることだろうけれど、余らないものを計画しなきゃいけないと思っています。
壊すのはもったいないと、どうしても思ってしまいがちですが、ときには“壊す”という選択肢が必要なこと、そちらのほうが長い目で見たときにはいい場合もたくさんあるのだということに、気づかされました。
廃墟が建ち並ぶゴーストタウンがあちこちに生まれるのか、小さくとも大切に使われている家が点在し、人口が減っていく分、ゆとりのある、遠くまで見渡せるような広い風景が広がるのか。
「減量住宅」のようなプロセスが当たり前になったら、壊すという行為は、今よりもずっとポジティブで意味のあるものになっていくのかもしれません。
writer:平川友紀
※この記事はgreenz.jpに2016年04月19日に掲載されたものを転載しています。