郊外という夢、空き家という希望

2016.9.1


住友文彦

荒神明香、南川憲二

熊倉純子

  • PROFILE

住友文彦

2013年10月にオープンしたアーツ前橋の館長。 ICC/NTTインターコミュニケーションセンター、東京都現代美術館などに勤務し、「Possible Futures:アート&テクノロジー過去と未来」展(ICC/東京/2005)、「川俣正[通路]」(東京都現代美術館/東京/2008)、ヨコハマ国際映像祭2009、メディアシティソウル2010(ソウル市美術館)、あいちトリエンナーレ2013などを企画。また、2006年にはオーストラリアでおこなわれた「Rapt!:20 comteporary artists from Japan」展、2007年には中国を巡回した「美麗新世界」展で、日本の現代美術を共同キュレーターとして海外へ紹介する。おもな共著に『キュレーターになる!』(フィルムアート社、2009年)、”From Postwar to Postmodern, Art in Japan 1945-1989: Primary Documents”(Museum of Modern Art New York、2012)がある。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT)の創立メンバー。

荒神明香、南川憲二

アーティスト荒神明香、wah document(南川憲二、増井宏文)によって組織された現代芸術活動チーム。2012 年より活動を開始。鑑賞者の「目」を道連れに、未だみぬ世界の果てへ直感的に意識を運ぶ作品を構想する。2013 年に瀬戸内国際芸術祭「迷路のまち~変幻自在の路地空間~」、2014年資生堂ギャラリーにて「たよりない現実、この世界の在りか」展。

熊倉純子

(社)企業メセナ協議会事務局勤務を経て2002年より東京芸術大学音楽環境創造科にて教鞭をとる。取手アートプロジェクト(茨城県)、アートアクセスあだち―音まち千住の縁(東京都)など、地域型アートプロジェクトに携わりながら、アートマネジメントと市民社会の関係を模索し、文化政策を提案する。著書に「社会とアートのえんむすび1996-2000――つなぎ手たちの実践」、「アートプロジェクト―芸術と共創する社会」など。

1「郊外」になった地方都市

熊倉:取手アートプロジェクト(以下TAP)は1999年〜2009年まで、会期を設けたフェスティバル方式で開催していました。全国から選ばれた作品を見せる展覧会の年と、住んでいるアーティストたちのオープンスタジオの年を交互に開催していたんです。その頃は、芸大教授の渡辺好明さんが中心になってやっていらしたんです。

私自身は2002年、芸大の取手キャンパスに音楽環境創造科ができた時に助教授に就任しました。そうしたら渡辺さんからすぐにメールが来て、引きずり込まれるように(笑)2003年からTAPに関わるようになりました。その頃のTAPは人手も足りなくて、先端芸術表現科も手を引いたりして、ちょうど盛り下がっていた時だったんです。それで、アートプロジェクトのマネージャーを育成する「TAP塾」を始めました。

ところが2009年、渡辺さんが亡くなったのをきっかけにTAPが存続の危機に陥って、それまでのフェスティバル型を見直すことにしました。ちょうど越後妻有など里山型の芸術祭と、横浜トリエンナーレのような都市型の芸術祭が増えてきていたので、そのどちらとも違う形にしようと。郊外都市である取手は、農村都市でもあり住宅街でもある。そこで住宅地という側に焦点を当てた「アートのある団地」、自然や農業の事を考える「半農半芸」という2つのテーマを立てました。作品をつくらないわけではないですが、会期を設けて展示をする、という形式はやめたんです。

住友:でも、絶えず何かが起こっている。

熊倉:そうですね、小さな拠点をつくったり。「半農半芸」では畑を借りて綿花を作ったり、染織家さんが自然素材をつかって絵の具を作ったり。2010年からは、雨漏りする農協の古いビルを改装してTAPの拠点にしています。そこに6組のレギュラー・アーティストがいたり、取手はアーティストがたくさん住んでいるので、その人たちと展覧会やワークショップをやる、という活動がひとつの柱です。

アートのある団地」では、井野団地のもうあまりお店の開いていないショッピングセンターに『いこいーの+Tappino』というコミュニティカフェをつくってアートのワークショップなどをやっています。もうひとつの戸頭団地では何十年かに一度の壁面の塗り直しに合わせて、アーティストの上原耕生さんが壁画を描いている『IN MY GARDEN』という作品もあります。ここは70年台の理想の都市計画としてつくられた団地ですが、移り住んできた人たちが今ではもう高齢化していて、空室が多くなってきています。。

そんなことをしていたら、国土交通省から郊外の空き家問題に取り組む事業を募集していると聞きまして、Open A馬場さんと応募してみたんです。流通促進の管理業者、ディベロッパー、不動産業者といった事業者の中で、アートの分野で採択されたのはTAPだけなのですが、空き家住宅問題を考えるプロジェクトとして「あしたの郊外」を立ち上げました。貸せない物件や貸す気がない大家さんの物件を掘り起こして、アーティストが作品化する「取手アート不動産」という活動もやっています。

「目」の南川さん・荒神さんには、このプロジェクトに「郊外を考える人」として加わっていただいています。お二人は私が埼玉県の北本市でプロジェクトをやっていた時にレジデント・アーティストとして住んで頂いたご縁です。今でも北本に住んでいて、すごい活気のあるファクトリーを持っていらっしゃるんですよね。そして住友さんはアーツ前橋の館長として、今回『ここに棲む』という展覧会を企画されて。現代美術の文化施設で、地域のことをテーマにするのは珍しいですよね。

住友:僕としては素直に「こういうのが今のアートには必要だろう」と思ってやったのですが、そういう反応をたくさんいただきますね。

熊倉:「美術館が、うちのまちのことなんか考えてくれるんだ」って。

住友:「ここに棲む」展のオープニングで前橋市長が「そうか、現代美術は社会のことも考えられるんだね」と。前橋も「都心ではない」という広い意味では、たしかに郊外ですね。でも、そもそも価値観が変わっちゃっている。「大都市には何でもある」とは、みんな思わなくなっちゃってるわけだから。

熊倉:東京の人にとって「地方に住む」と聞くと“田園の中に住む”というイメージがあるかもしれませんが、交通が発達した結果、地方都市が「郊外」のような場所になってきている。

前橋にも空き家がたくさんあると思います。アーツ前橋は「美術館」であるにもかかわらず、街の中でもいろいろと企画をされていますよね。

住友:僕らはもともと開館前から活動していて、その時は建物がないから、空き家でアーティスト・イン・レジデンスをやったりしていました。ただ必要性からやっていたことでしたが、それなりに地域の方たちから反応があって、「開館したらやめる」という選択肢もあったのですが、やめられなくなった(笑)。ただ美術館の運営って結構大変なんです。芸術祭とは仕組みも違う。展覧会は3ヶ月で終わってアーティストも帰っちゃうけど、「地域」って終わらないじゃないですか。そこが大きな違いだと思う。開館前からやってきたことを、どうやって持続させていくか。そのコーディネートを可能にする仕組みを、いま市役所や、地域でまちづくりに関心のある若い人たちと議論しているところです。

美術館のあり方としてはいろいろな形があっていいと思いますが、うちの場合にはアーティストが場所を持つことが、重要だと思ってるんです。抽象的な意味でも、アトリエという意味でも。ここには、何十年も前からしぶとく場所を維持されてきた地元の作家さんたちがいて、そういう人たちと一緒に何かをやっていくことが、新しい美術館として大切なことだと思いました。美術館って、みんな「突然できた」と思うんですよ。でも本当は、もともと文化があるところだからこそ美術館ができる。東京の流行がどうであろうと脈々と「場を持つ」ということをやってきた人たちがいて、その流れを引き継ぎたいなと思った時に、アーツ前橋としては「街の中でやる」という選択肢がいいと思ったんです。

熊倉:今回の展覧会『ここに棲む』は、どういう経緯で生まれたんですか?

住友:去年の秋に服飾の展覧会をやったんです。前橋は戦前まで生糸の輸出で栄えた街です。そこで「服飾=衣」から初めて「住」「食」へ、日常生活という切り口で企画した三回シリーズの第二弾です。一緒に企画をさせていただいた前橋工科大学の石田敏明さんは若いころ伊東豊雄事務所にいた方です。建築家は社会を俯瞰的に見るじゃないですか。だから個人の感性で物をつくる美術作家も入った方がいいなと思って、7人の建築家と7人の作家で構成しました。

熊倉:7人それぞれ、ずいぶん違いますよね?

住友:全然、違います。たとえば藤野高志/生物建築舎は自然のもの・有機的なものと人工的なもの=建築のあいだに境界線を作らないという考え方を持っている。彼の展示の中で、置物のクマの体内にリビングルームがあったと思います。人間や動物の身体はエアコンなんかなくても自動で体温調節するじゃないですか。だから一番環境維持性能がいい、というラディカルな発想。あり得ないことなんですが、あり得ないことを考えるのが芸術だから。彼なんかは建築家というよりアーティストに近いんです。

一方でアトリエ・ワンとかツバメアーキテクツが提案しようとしている、福祉や高齢化に対するソリューションは、大手ゼネコンなんかができない部分ですよね。今まさに、みんながどうしていいかわからないことを、本当に手探りでやろうとしているんです。

2郊外という夢、空き家という希望

熊倉:今回の展覧会では、ただ空間というより具体的な住み方とか、そこをどう使ってどう暮らしたら面白いのかといった提案がされていましたね。ライフスタイルだとか、仕事との循環とか、いろいろな人とつながって生きるとか。「あしたの郊外」でOpen Aの馬場正尊さんが言っていたことですが、郊外って、核家族の夢の実現だったわけですね。庭付き一戸建てのマイホーム。それは、核家族が内に閉じこもるための重要な外皮だった。ところが、そういうものがもう成り立たなくなってきた。(公募で集まったプランの中で)荒神さんたちが面白いと言ったのも、そういうプランでしたよね。「壁を外して通れるようにしたら面白いんじゃないか」とか。

住友:他人と関わるということね、もっと。

南川:展覧会を見て、近いことを考えているなと感じました。共感するところが多かった。TAPで僕らが提案したのは『トランスライファー』というプランです。空き家がいっぱいあるのは、僕らにとってはラッキーで仕方がないこと。せっかくこれだけ空き家がいっぱいあるんだから、ひとつの家に契約して住むのではなく「どこに住んでもいい」という状態を何人かでシェアする。みんな同じ自転車みたいなものをつくって、毎日どこに住むか選べる、というアイディアです。

熊倉:脇に衣装ケースが2つ付いている自転車を作るんですよね。持ち物としてはそのくらいで生きていけるというんです。同じ家には暮らさないけど、数軒の空き家をぐるぐるシェアしながら住む。その人たちが集まれる食堂やテラスルームが、街の中にあればいいんじゃないか、と。

南川:住んでいる人たちは、会議しないといけないといけないんですよ。

荒神:夢を語るんです。また新しい物件を建てるか、あの家を直して住むか、とか。

南川:状況のシェア。

荒神:その食堂はすぐ見えるところにあって、誰がいるっていうのがわかるようになっていて。

熊倉:同じ物件に住んだことがある人が増えるから、定期的に集まって「あの家はこういう風にするのがいいんじゃない?」とか「あそこが傷んでる」とか話し合う。

南川:「物件と人とを切り離したまま、住むことができるんじゃないか」と考えたんです。空き家を、空き家のまま住む。最終的にその家が気に入っても、住めない。トランスライファーになれるだけで。

熊倉:定住という概念を否定する、捨てるんですよね。定住するから物も増える。遊牧民みたいになれば荷物も少ない。

住友:展示をやってみて、「住む」ってけっこう保守的になっちゃう人が多いんだなと思いました。実際に規制とかもあるかもしれないけど、ふ「こういうもんだ」と思って生きている人が多いんじゃないかと。

南川:正月明けに大阪に帰省したときに僕の兄貴が言ってたのですが、夜、どこの家庭でもご飯を作っていることに「ムダだと思う」って言うんです。「今この時間に何軒が飯を作ってるんだ。みんな一斉にスーパーに行って、せーので作って、みんな余って捨ててる。めっちゃムダだ」って。兄貴はまじめに言ってるんだけど、これを何とかしたら面白いな、いろいろアイディアが出そうだなと思いましたね。

住友:以前は「みんな同じことをする」のが郊外の夢だった。でも“同じじゃなくていい”ってなるだけで、いろんな選択肢が増えますよね。今はまだみんなが気づき始めている途中で、だからこそ取手のトライアルがあるわけですね。

熊倉:取手では最初、空き家のオーナー向け説明会をやったんです。「取手アート不動産」なんてプロジェクト名ですから、どうせ誰も来ないだろうと思ったら、3回開催して毎回10人くらい来てくれたんです。しかもみなさん物件を持ってくる。「どうしたらいいかわからない」とか「倉庫になってるけど、いずれどうにかしなきゃ」とか「今は別の家に住んでいるけど、前に住んでいた家が家財ごと残っていて、どうしよう」という人が、これまで行くところがなかったんですね。それで「まず断捨離から手伝ってあげなきゃ」ということになったり。

住友:(南川さんの)お兄さんが必要なんじゃない?(笑)

熊倉:「目」のお二人は北本市で『おもしろ不動産』というプロジェクトを提案してくれて。地元の若い子たちが200軒くらい空き家らしき物件を洗い出してきて、実際に何軒かでプロジェクトをやりましたよね。

南川:ただ作品を見て帰るより、物件の家賃が出てたら面白いな、と思って。越後妻有なんかでも、作品を観た後で「ああ、ここ空き家かあ」って思うとズーンと来るじゃないですか。だったら、そのまま空き家の値段が書いてあるアートプロジェクトがあってもいいんじゃないか。荒神は、駅前に謎の不動産屋をドーンとつくりたかったんだよね。

荒神:変な不動産屋があることによって、期待を求めて行くような場所をつくりたいと思ったんです。実際に“幽霊屋敷”みたいに言われていた家をL PACK(エルパック)さんというアーティストが改修して、いま人気のカフェになっています。

熊倉:「おもしろ不動産」で出会った大家さんがすごく寛大で。L PACKは、すぐ近くの小さな森で荒神さんたちが『森のレストラン』という企画をやった時に来てくれたのがきっかけで、一年間くらい住んでもらったんですね。彼らは住みながら家をどんどん改修して、おしゃれなギャラリーカフェみたいになっていって。前に畑がついていて、若い人たちが野菜を育てそれをカフェで出したり、味噌や梅干しをつくるワークショップを開催したりしています。一番いいですよね。目に見えるマイクロな拠点があって、行政ももう手を引いているから自分たちのお金で回しながら、アーティストたちが関わり続けてくれて。そういう場所が残って、よかったなあって。

住友:行政、民間資本の両方とも手を差し伸べているんだけれども、そのどちらの手法でもない方がうまくいく領域というのがありますよね。今のところ、アートはそういうところに親和性があると思われている。アーティストがいい場合もあるし、必ずしもアーティストじゃない方がいいこともあるだろうけど、この領域はすごく気になりますね。先ほどの取手の話にもあった「空き物件はあるけど不動産屋さんになかなか持って行かない人たち」って、いっぱいいる気がしますよね。

熊倉:「こんな物件、どうせ借りる人いないだろう」と思っている大家さんがたくさんいる。

住友:グレーゾーン。そこにすごくクリエイティブな可能性があるということですね。

荒神:普通に賃貸で部屋を借りたら全然、改装できないじゃないですか。釘も打てない、画鋲も刺せない。『おもしろ不動産』なんかで北本に呼んでもらった時は、最初はほとんど家賃を払っていなかったんです。「ここにベッド作りたいと思ったら作れる」とか「屋上に何か建てようと思ったら建てられる」とか、やりたい放題で。「それがあるから北本に住んでる」くらいの感覚でした。土地も広いし、何でも自由にできる。その状況は、想像力を掻き立てられるものがあって。

南川:そして、それを喜んでくれる人もいて。

荒神:さびれていて、誰も見向きもしないところが希望に見える。

住友:郊外は、そうなってほしいよね。

熊倉:空きビルのワンフロアの真ん中に人工芝のサッカーコートがある、すごく素敵な拠点を作ってくれたんです。しょっちゅう宴会してましたよね。そこに集まる若い人たちのうち、何人かはだんだん住むようになって。一時期は10人くらい、ほとんど家賃タダで好き勝手に住んでましたね。(『家を持ち上げる』プロジェクトもやりましたが)オーナーさんから「持ち上げていい」って言われた時は、びっくりしたよね。

南川:自分の実家だったらそこまで勇気出ませんけど、「やっていいんだ!」っていうのは大きいですよね。

3郊外に住むことは、新しい価値観を選ぶこと

熊倉:今回「あしたの郊外」の公募で94件のプロジェクトが集まったんです。建築的な企画と、シェアなど住み方の提案が多かったのですが、荒神さんが「面白い」と言ったのは、減築の方向性を提案したものでした。

荒神:飯名悠生さんの『減量住宅』というプロジェクトで、一軒家に住みながら「次どこ削ろうかな?」という感じで、本来だったら住まう時になきゃいけないもの・概念をどんどん崩していく。

熊倉:2階の壁を取ると、360度まわりが見えるから「そこから何が見えるかな」って、近所の人たちを上げて物見やぐらにしてお茶を飲む。次に1階の壁を取ると、畳の部屋だけになる。最後に1階の屋根だけになったら、その下でバーベキューでもやる?みたいな。使い方をみんなで考えよう、という企画です。

オーナーさんは「いずれ壊したいんだけど、壊すための資金を稼ぐために貸したい」というお考えだったので、実際に資金の計算をして提案したところ「いいよ」と。家賃無料で1年半住まわせてもらって、その期間内に最適化する、という話になっています。廃材の処理費だけは、オーナーさんが負担して下さることになっています。

そうやってちょっとずつ壊してくれれば、オーナーさんにとっては最低でも40万円くらいはかかる解体費用が浮きますよね。みんなで集まって「次はあそこを壊そうね。じゃあまた来週!」みたいな感じで、解体ワークショップがブームになるかもね、とか。プラン提案の時は、そんな話が出ていましたね。

住友:空き家の解体、増えてるんですよね。

熊倉:税金で解体を進めている自治体もありますよね。隣が空き家だと危ないから。

住友:「住む」を自由にするようなことを、国交省がもっと考えてくれたらいいですね。

熊倉:郊外は高度経済成長期の賜物なので、今後、小さくなっていくと思います。だからこそ「減らしていく」というのは一番アーティスティックだと。今、アーティストが住みながら楽しく減らしているんです。

住友:ぼくは今「郊外に住む」ことを、逆にポジティブに捉える若い人が多いのかな、と思っていました。

荒神:個人的にはすごくポジティブですね。家賃も安いし。

住友:昔の高度経済成長期のイメージだと、東京という中心があって、郊外に住んでいる人は“自分たちは周縁だ、裾野だ”という意識だった。今はそれがなくなって、郊外で自分たちのスペースを持って活動していれば、むしろ経済の浮き沈みとかトレンドとかに振り回されずにやっていける。でも別に山奥みたいな僻地に住むわけじゃない。東京で何をやっているかは分かる適度な距離感を保ちつつ、「家賃を払う」といった経済行為に巻き込まれるのはいやだよ、と。そういうことをやるには、郊外で生活するしかないだろうな、と思うんですよね。昔だったらともかく、今だったらインターネットもAmazonもある。都心のアドバンテージがなくなっているから、郊外に住みたい人はむしろ増えているんじゃないかな。

熊倉:荒神さんも取手に住んでいた時期がありましたよね。

荒神:芸大に入学した2003年からですね。実家は広島です。市内ですけど、団地みたいな家がいっぱい並んでいるところでした。(芸大への進学時に)やっぱり、東京に対する憧れはあったんですよ。

熊倉:来てみて、嘘じゃん!って思ったでしょ(笑)。

荒神:びっくりしました。「上野、通りすぎるんかい!」って。

熊倉:外国のアーティストを招いたりすると「へえ、ここも東京なんだ!」って言われるんだけど、「違う、違う!」って(笑)。芸大でも音楽環境創造科の学生たちは、(感覚的に)一般の大学生に近いので、「取手校舎に通ってることは、地元の子には言ってない」という学生もいたりしました。私が学生の頃はもう高度経済成長の時代だったから、車が足立ナンバーになるだけで絶対にイヤ、百歩譲って練馬ナンバー、という感じでしたね。どうすれば品川ナンバーに乗れるか。くだらないこと考えてたよね(笑)。

住友:そういう価値観は強固にあったんですね。

熊倉:東京郊外の練馬で育ったので、なるべく都会に出ていきたいし、絶対に地元には帰りたくない!と思っていましたね。今は東京に住んでいますけど、給料がなくなったら取手に住もうかなと。一番馴染みがある土地だし、実はTAPでイベント型をやめたのは、「自分が老後を団地で過ごす」というビジョンがあって。

住友:そうだったんですか?!

熊倉:私が子供の頃は団地って憧れの対象だったのに、いつの間にか独居老人が死ぬ淋しいところになってしまっていて。それと2008年、今のTAPの形式になる前の最後の公募展をやった時、お産で実家に戻っていた羽原さん(TAP事務局長。取手井野団地在住)のお宅に泊めてもらったんです。その時、とても居心地がよかったのね。サイズ感と建築的なクオリティが、マンションとは違って身の丈な感じで自然というか、肩がこらない感じ。「そうそう、私こういう中で育ったんです」と。ただ私が住むときには、井野団地に羊が放牧されているのが夢なんです。団地の中だとすぐ食べ尽くしちゃうから、羊飼いが利根川まで連れて行って放牧する。という話を当時の自治会長にしたら、「団地は動物禁止ですよ!」って言われちゃいましたけど。

住友:なるほど。団地に住んでいる人たちも都会的なものへの郷愁があるから、「羊がいる方がいいじゃん」「畑がある方がいいじゃん」という価値観にはなりにくいのかもしれませんね。でも「郊外に住む」ということは、都会とは違う価値観を選ぶことだと思うんです。その「都会との違い」がまだ、中途半端なのかもしれませんね。(郊外で可能になる)「空間を自分のものとして持つ」ことの良さも“広いからいい”というより、“自立している”、“余計なものに指図されない”という部分が大きいと思う。住むところと食い物があれば、自由は獲得できるんですよ。海外だと貧しい人が住む物価の安いエリアとかもあって区別されているけど、日本は一億総中流を目指したから、そういう場所が生まれにくい。だからローコストで住もうと思ったら、郊外に行くしかない。前橋、野菜安いですよ〜(一同笑)。だってそこで育てていて、ヘタしたら物々交換ですから。圧倒的にコストが安いし、コストの安いところが新鮮ですからね。自分はそちらの選択肢を選ぶんだ、だからコンビニは要らないんだ、というふうになったらいいですよね。

熊倉:郊外って、家族が住むところだと思っていたんです。柏市の『柏の葉』もそうでしたが、ディベロッパーが都市を再開発する時って、すごく都市的な価値観を押し出すじゃないですか。私は、自分に子どもでもいて“中流の気持ちにどっぷり浸る幸せを一度はやってみたい”と思うのでもない限り、絶対にここには住めないなと思った。それに対して取手は寂れていて…。

南川:アートプロジェクトって“みんなのため”と思われがちですけど、そうじゃなくて、“先生ひとりのため”ってやった方が面白そうですね。

熊倉:そういう発想でないと、とてもじゃないけど続けられない。でも羊、いいでしょう?井野団地のショッピングセンターの店舗は今「いこいーの+Tappino」のほかには数軒しか営業していなくて。芸大とURが提携して貸している共同アトリエがあるんですが、みんなお金がなくて昼はバイトしているから、結局シャッター街なのは変わらない。そこに羊毛で何かつくれる手芸カフェがあったり、毛糸を染められたり、羊のチーズの店があったりしたら(笑)いいんじゃないか、と。URにも提案したんです。面白がってくれましたけどね。

住友:実験的にやればいいですよね。特区みたいなね。

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4「アートさん」が許容されるまち

住友:郊外といえば、もうひとつは移民問題。群馬にはアジアをはじめ外国人の方がたくさんいます。彼らを新しい文化を持ち込んでくれる存在として、迎え入れる仕組みが必要だと思う。でもみんな、守りに入りますよね。犯罪が増えるんじゃないか、とか。実際にトラブルがあるのも事実だけど、たとえば外国籍の子どもがいじめに遭って、学校から閉めだされて結果的に犯罪をおかしてしまうとか、循環している問題だと思うんです。ぼくが以前住んでいた金沢の郊外に小松という街がありました。建設機械・重機械メーカーのKOMATSUもある工業地帯です。北陸の人って、なぜか夏はあんまり海に行かないのですが、僕は仕事が終わると毎日海に行っていたんですよ。そこにいたのがブラジル人のコミュニティ。ここはリオか?!みたいな水着で、そこらじゅうでサッカーとかバレーしちゃって、天国みたいだったんです。北陸の海ですよ!最高だな、と思って。彼らを、新しい文化を持ち込んでくれる存在として捉えたら、すごく楽しいと思う。それは郊外の可能性かもしれません。

南川:北本には大きな新興宗教の本拠地もありましたよね。

住友:新興宗教ってオウム以降どうしても悪いイメージがあるけど、困っている人に手を差し伸べる存在ですよね。結果的に搾取になるか・ならないかの差はあれど、明治維新みたいな危機の時代には新興宗教がたくさん生まれるわけです。高度成長期のロジックで周縁的な場所だという意識が植え付けられた郊外で、精神的な病や劣等感をどうやって癒やすか、というのはすごく現代的な問題です。それは医療だったり新興宗教だったりすると思うんだけど、アートにも何か役割があるんじゃないか。宗教は時に、組織を維持するためにおかしな方向になってしまうことがあるけれど、アートのいいところは組織ではなく、個人がやっているところ。そういう、新興宗教に代わる何かが必要な人もいるだろうな、と思う。

南川:今の目標として、「千年くらい残したい」と思うようなものをつくりたいと思っています。長野の善光寺に行った時、「そら残すわ」と実感したんです。(自分たちには)まだそこまでいいものがつくれてない。

住友:言ったねえ(笑)。地元の人が市をやってくれたりして、しかもお金を寄付して維持したりして。

南川:それが続かなかったら、なくなるわけですよね。

荒神:普通に暮らしている中に、圧倒的に謎なものがあってほしいと思うんですよ。安全に暮らせる団地と、羊がいる団地があったら、絶対に羊のいる団地に住みたい。普通に暮らせているだけでは、何かが足りない。圧倒的に謎なものがあるからこそ惹きつけられる。神社の役割って、そういうものに近いんじゃないかって。

住友:なんだかわからない不思議なものがそこにある。

荒神:すごい違和感がある。何故そこにずーっとあり続けているのか分からないけれど、いろいろな人が行くじゃないですか。そしてそれぞれの人が、何かをもらって帰ってくる。そういう神社の役割って、実はすごく謎。

熊倉:南川さんは大阪で育って、大学も京都でしたよね。東京の郊外については、どうですか?取手とか北本は全然、違和感ない?

南川:取手は、自分にとっては取手アートプロジェクトの存在が大きかったので。アーティストがいる時点で、もう自覚的に見える。川や堤防も全部、誰かによっていったん「これを面白くできないか」って考えられている気がして、そこが安心ですね。実家の方では小さい頃「アーティスト」なんて聞いたこともなかったので、ほったらかしで無自覚に見えちゃう。取手も実家も、風景はほとんど同じなんですが、何もしていなくても誰かが「いったん考えてるよ」というだけで、いいように感じましたね。

熊倉:アートプロジェクトがあると、なんかいいような気がするの? 幻想に陥るわけね。

南川:そうですね。憧れすぎってやつですね(笑)。

熊倉:実は川も堤防も何も変わっていないんですよ。17年もやっているけどアートのまちにも見えないし、経済的な発展にも寄与してない。団地ではTAPは「アートさん」って呼ばれています。あと、不動産屋さんで「アーティストだ」というと普通は相手にもしてくれないらしいんですが、取手の不動産屋さんでは「アーティストなんですけど」と言うと「あ、アトリエですか」と言われるんです。取手には「音が出るんですか? においが出るんですか? どうせお金ないんでしょ?」って見繕ってくれる不動産屋さんがいるんですよ。そういう理解は、すごくある。

住友:熊倉さんは取手で15年以上やってきて、たとえば経済的な寄与なんかはできなくても「これはできる」という手応えは、何かありますか?

熊倉:アーティストが「ここでは何かやっていいんだ」と思うような幻想を持つというか…。幻想みたいなものがまちを覆うのは事実ですよ。ある時、竹竿の上に靴下が引っかかっていたんだって。それを見たおばあちゃんが「アート? あれもアートなの?」って。

一同:(笑)

住友:物理的なものでも経済的なものでもないけど、精神的なものが変わる可能性はある。

熊倉:トレランス(許容度)は高いですよ。

住友:前橋も美術館ができてから、商店街で音鳴らしたりしていますけど、けっこう許容してくれる。「アートでしょ?」みたいになってくるんです。それは面白いですよね。

熊倉:北千住でもアートプロジェクトをやっているじゃないですか。大友良英さんが大音量で音楽を鳴らしながら商店街を練り歩いた時に、「商売にならないじゃないですか」と文句を言ってきたのは携帯電話屋だけだったんですって。

住友:グローバル資本だからね(笑)

南川:オランダに行った時、池に氷が張ってたので、真ん中で後輩が素っ裸になってふざけていたんですね。そしたら近所の人たちが集まってきて、まず最初に「これ、アート?」って訊かれました。

一同:(笑)

南川:怒られると思ったら、最初に「アート?」って訊くんだ!って。

住友:パフォーマンスか何かだと思ったんだ(笑)。そういうのも含めた許容力。

5「もっと成長したい」をどこかで止める

住友:今、アートプロジェクトや芸術祭がいろいろな地方で生まれていて、まちがどこかのタイミングでおしゃれになったり、若い人が移り住んだりという動きがあるじゃないですか。国交省的にはいいことなんだろうけれど、それをどこかで止める必要がある。前橋は30万人都市なんですが、そのくらいの規模だと資本が入ってくる可能性があるわけです。まちの人も政治家も、「どんどん成長したい」ってなりやすい。でもいい具合でで止めておくことって、けっこう大事だと思います。

熊倉:下手にジェントリフィケーションにつながると、つまんないことになっちゃう。

住友:どこかで「構わないで」といえることが大事だと思います。僕は正直、金沢も新幹線が通らない方がいいまちだったと思う。「もっともっと」じゃない方法で、アートやクリエイティブなものを許容するまちでいられるといい。

南川:ちょっと聞いてみたいんですけど。たとえば芸術家が地方の芸術祭で、ホテルをつくったりしますよね。そこでお金を儲けるようにしたら突然プランが破綻すると思うんですけど、どう思われますか?芸術家がまちに来てカフェを改装して、それがすごく儲かってしまうとか。

住友:芸術史的に見れば否定的にいう人もいるかもしれないけど、ビジネスとしては悪くないんじゃないですか。

熊倉:一軒の店が儲かる分には、個人的にはいいんじゃないかと思いますけど。でもアーティストはデザイナーじゃないので、そもそも儲かるようなプランを出さないじゃないですか。北澤潤くんも、取手で『サンセルフホテル』を提案した時に「いずれ、これで儲けて…」とか言っていて、「いやいやいや」と思ったんだけど。

一同:(笑)

南川:今年は瀬戸内芸術祭に関わっていて、それはそれですごく楽しいんですが、やっぱり「自由にやっていい」とは言って頂いても「瀬戸内芸術祭のやりたいこと」というのがありますよね。いろんな作家の作品があって、僕らの作品はそのうちのひとつで、他の場所にもお客さんは行くわけだから、滞留時間とかも考えるわけです。ツーリズムが一番上で、そのための作品。そこを勝手無謀に変えるのは難しくて、そこで地団駄を踏んでいること自体が馬鹿げてくる。だったら瀬戸内芸術祭は瀬戸内芸術祭で楽しんで、僕たちは他のことをしないといけない。そうでないと続けていけない、という危機感もありますね。その結果、郊外に住んで安いアトリエを借りているのかもしれない。状況にすごく影響を受けているなと思います。

熊倉:取手はどうですか? 『トランスライファー』でもいいし、取手で何かやりたいことはありますか?

南川:純粋に一人のためのアートプロジェクト。スタッフがめちゃくちゃいて、熊倉先生が幸せに暮らすためだけにやって、それを見に来るとか。究極の個人に向けてやる方が、多くの人に伝わるのかもしれない。

住友:もっと顔が見える直接的な個人とやりたいと。

熊倉:社会のためじゃなくて。

南川:「みんなのために」とか余計で、ひとりの人が幸せになるためにやる。

熊倉:取手アート不動産は、そういう方向性ですよね。「絵がほしいわ」と言ったら絵を描くアーティストが来る。「もっと楽しい暮らし方を」と言ったら、それを考えてくれるアーティストを紹介してくれる。今のところ、残念ながらご注文はありませんが、いろいろなことをアーティストたちと一緒に考えて、アーティストならではの策にだまされたと思ってのってみる暮らしって面白いですよね。

 

edit:石神夏希

photo:伊藤友二(北澤潤八雲事務所)